なんだかなぁ
人に不利益を与える悪趣味さがどこまで
行っても変わらないってのは絶望する。
元凶と同罪なのがわからないようだ。
ひどく反吐が出そうな心の闇が溜まった。
みんな盛り上がる夏だと言うのに癒されたい。
猫でも飼おうかしら。面倒見切れないくせに。ギャフン!
ああ、俺、疲れてんのか。
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とある人と会うために、元かみさんの実家の地元まで出向いた。
久しぶりに見る街は特に変わった様子もなく。
あの頃の自分とは何もかもが違う状態で歩く街は、
なんだかフィルタをひとつ透かして見るような感覚だった。
元かみさんの精神的な病が原因で離別したのだが、
もしかしたら顔を合わせてしまうかもと言う危惧も
どこ吹く風で、新しい街を見ているように喫茶店まで歩いた。
あれからもう半年以上経っている。この土地に訪れるのは
きっと一年ぶりぐらいだろう。何百回と訪れた街並み。
がんじがらめの鎖からは釈放された。自分を奮い立たせて
様々な試みをもって這いずり回りながらも前へ進む。
しかしながら心の中の空虚な感覚だけはごまかせない。
誰のためでもなく自分のために生きることが出来るというのに。
あの頃はただがむしゃらに毎日を戦い抜くしかなかった。
自分の本来の家族を巻き込むまでになった時、離れるしかなく。
思いつく全ての行動を実践しても、完治に導くどころか
何の役にも立たなかった。無力だけを痛感した。
愛しながらも憎み続けてそでれでも待ち続けて、
相手側が理解してくれることもなく、全ては終わった。
こうしてそんな七転八倒の日々の中で垣間見た笑顔の時間。
つかの間の楽しさを感じていた街に、再び訪れることが出来た。
前に進めたのだろうか?それとも、ただ忘れ始めているだけなのだろうか。
自分の居場所すらも見出せない時間の中で、
安らぎや心からの笑顔も見つからない。
自己満足で生きていけるのなら、どんなに楽なことだろう。
嘘を吐く人間って言うのは嘘がばれてもやめようとは
思わないで、今度はバレないように努めるという
文章を読んで、ああなるほどなぁと思った。
どれだけ信じたところで裏切られ続けるわけだから
気をつけないといけないな。そういう人間って言うのは
総じて幸せにはなれないのだから自業自得だけれども。
自分が全く嘘を吐かない人間かと言うとそうでもないから
まぁその辺は放置が一番。人のこと言えないし。
バレバレだけど黙っててあげて、限界来たらハイサヨナラってとこだな。
結局は自分の要望やワガママを押し通すためのものなのだし。
損得だけで生きてる人間ってのは本当に哀れだ。上辺だけの
絆を求めてあがいたところで、絆自体手に入らないのに。
そういう意味では自分は親友ら、先輩方や後輩達には恵まれている。
俺自身何も出来ない時もあり申し訳ない限りだ。出来うる範囲で
恩返しをしているつもりだけれども。感謝の気持ちは常に心にある。
嘘吐きってのは生まれつきの性質なのかもね。救いようがない。
自分の利を得ようと嘘を吐き続けても、やってくるのは孤独と破滅だ。
同じことを繰り返して、自分のベクトルが間違ってることに気付かず
そのまま自滅していけばいいのだと思う。人に損害を与えた報いだ。
人間死ぬ時は孤独なのだからそういう意味では皆同じなのかもしれないが。
誰かを傷つけることが本当に楽しいのかな?だとしたら人として終わってる。
誰かのために動いてもワリ喰って
責任擦り付けられた上にこっちが
原因でもないのに悪人にされて。
絆やら情やらなんてものはどこに行った?
まともに接してる方が損をするなんて
心の底からやってられない。馬鹿らしい。
自分が大事なのはわかるけどあからさますぎて
その上で責任転嫁されてたらたまったもんじゃない。
さらにしらばっくれられて放置なんて愚の骨頂。
いくらなんでも人を甘く見すぎ。腐ってる。
人を裏切ったらそれなりの償いをするべきだ。
その償いすらもかけらもしようともしない。
なんなんだろうね。呆れ果てるのも通り越した。
責任なすりつけて傷つけたところで何にもならない。
同じ過ちを繰り返して行けば自ずと破滅に至る。
相手にしないでいれば自滅する。勝手にやれ。
明らかに原因に関わっていても自分の動向は
無かったものとして責任を押し付けようとする。
卑怯とかどころか呆れて物も言えない。
大の大人がすることかね。
言っても言わなくてもわからないだろうし自分の非は
まず認めないのが醜いことこの上ない。言ったら
開き直って陰湿に難癖つけてくるのは予想がつく。
本当に性根が腐ってるとしか言いようが無い。
その場で言い逃れようとしたって性根を直さぬ限り
自分が嫌な思いをし続けるだけなのにね。それでも
非常識な我を通そうとする姿勢がわからない。
プライドとかじゃなくてただのワガママ。
自分のやってることがおかしいとか思わないのだろうか?
わかってたらやらないだろうな。有り得ない。
間違ったことを正当化しようとする馬鹿馬鹿しさ。
最終的には周りに誰もいなくなるだろう。
仕事やってるといろんな人に出会うね。
素晴らしい人間にも。腐った人間にも。
愚痴らずにはいられないほど醜い。
ごねればどうにでもなると思ってるのかね。
活字中毒なお方に借りて読み終えました。
ロングセラーだと言うことで今の世の中でどのような
物語が売れているのか、興味深く読んでました。
ザッピングのようなそれぞれの登場人物の手記による構成。
物語中に漂う歪んだ愛情。何よりおぞましく感じたのは、
母親が子供に依存して自分勝手な愛情を注ぐ姿。
本人は気付いてないのかもしれませんが、三人の母親の内の
加害者側の母親が自分本位の行動を取りながらも、心の中で
『子供のため』と自分で言い訳している姿が非常におぞましかった。
何故ロングセラーなのか。理由は断定することは出来ませんが、
もしこれに共感する人間が多いのだとしたら、非常に恐ろしい。
ここで詳しく語ることはしませんが、歪んだ自分本位の
子供に向ける愛情は、どんなに言い訳しても確実に
子供の心を歪ませるものだと実体験で知っています。
今の日本で、歪んだ子供が大量生産されているのだとしたら・・・・。
考えただけでも恐ろしい。そうでないことを祈るばかりです。
それぞれの思惑の交錯と、挙動が本人の考えていることと
他人から見えている姿が違う部分は、単純におもしろかったです。
テキストサイトの特集を2ちゃんのコピペスレで
見かけたので一つチョイスして仕事が終わった後
じっくりとコーヒーをすすりながら読んでいた。
一発でハマった。
なんだこの狂気と日常が入り混じる世界観。
どんでん返しなんてレベルじゃない。
全てを疑ってかからないとこっちがおかしくなりそうだ。
本編は全部読み終わりましたが鳥肌が立ちっ放しでした。
ザッピングのような日記形式で綴られる壊れていく日常。
時間が交錯し人間関係が入り混じり、無関係に思えていた人物や
事象が次々と繋がっていく。登場人物の言葉を借りるならば
『呪われている』の一言に尽きる。ネットというヴァーチャルな世界と
現実の交錯する中に翻弄されていく登場人物。
しかしながら屈折していながらも一人一人のある種人間らしい
依存した愛情が絡み付いて逃れられなくなっていく。
関わったもの全てが狂わされながらももがき続ける。
下手なメロドラマのような怨恨ではなく、歪曲した純粋な愛情。
もちろんそれは成就するわけも無いのだけれど、一刀両断には
否定できない悲しさが物語中に漂っていた。
素晴らしい作品だと思う。頭がおかしくなりそうになりながらも
必死でついていった。面白い。面白すぎる。
こんなクオリティの高い物語を今までなんで知らなかったんだろう。
最後は物語の始まりへと帰結し、発端が解決して終わるのだが
そこにある事実はあまりにも遅すぎる解決と虚しさが漂う。
暑いね。がんじがらめ状態に生きてるのが馬鹿らしくなってくるけど
死ぬのも馬鹿らしいから出来るだけ自分に楽しく生きるしかないやね。
でも心がもう悲鳴をあげてて。俺よりどうしようもなく悲痛な状態の
人間もたくさんいるんだけどさ。俺はそんなに強くないからね。
何も考えずに生きていられた日々が懐かしいな。
自分のせいじゃないのに悩まなきゃいけないなんて
理不尽にも程があるけどみんなそうなんだよね。
昔よく冷蔵庫の中で眠りたいなんて思ってたけど。
そして黒色や闇が大好きだった。心が落ち着くから。
平穏が欲しい。刺激も欲しいけど一番は平穏な日々。
平和な日常は贅沢な幸せだって今になって思う。
余計なものはいらなかったんじゃないか。
周りにけしかけられてみんなが追い詰められて選んだ
道だけど、何よりもまず自分のことを考えるべきだったんだ。
弱音にはなってしまうけれども、こればっかりは体験した
人間でないとわからないね。どれだけ愛情を注いでも
それの本質を理解できない人間は根本的にダメだ。
人と生きていく上でそれがわからなければ誰と生きていたって
うまくいくはずなんかがない。頭でわかるのではなく
心の奥底で理解することが必要なんだ。
何もかもが本当に馬鹿馬鹿しいね。
馬鹿やってる時が一番幸せだよ。
現実逃避かもしれないけど。
吐き気がする。腹が立つ。頭痛い。
何でわからないんだろう。胸が痛い。
うざい。消えてくれ。苦しい。死にたいぐらい苦しい。
がんじがらめにされる必要があるのか
俺はなんだよ。何のために生きてんの?
生きる道の選択を間違えた。
音楽。音楽。俺は音楽を望む。
音楽だけは絶対に裏切らない。
本当の意味で癒してくれる。
誰にもわかってもらうことなんてないさ。
でも、違う道を生きる者たちのほんの小さな優しさ。
その最低限の優しさが嬉しい。それだけだ。
一番わからなくてはいけない借りの家族の
自分たちだけを思いウワベに見せる全てが腹立たしい。
本当に望むものを何故理解できないのだろう。
いらない。ウワベのおままごとはいらない。
鬱陶しい。めんどくさい。吹き飛ばしたい。
砕き散らしたい。音楽を。音楽をくれ。
何もかもいらない。音楽と、ほんの少しの時間だけ
一緒に過ごしてくれる仲間さえいれば。
本当の意味で心配してくれている、
死ぬまで恩返しをしたい家族がいればいい。
闇の中にいたって光は見えるけど手は届かない。
だけどこの耳に音楽は絶えない。
愛情の意味も知らぬまま生きてきた人間どもの
くだらない茶番につきあってられるか。
嫌だ。音楽に溺れよう。沈む。深淵へ沈もう。
ヴィドールの歌にそんなのあったな。まぁそれとは関係ないのだが。
シークレット/黒点
結果の逆ギレ。
なんだかよくわからない理不尽空間。
信頼性と自己中心的解釈の交錯。
責任放棄の果てにある優位性の追求。
世間一般認識の腐敗化。
日本はダメかもね。
VIVA!理不尽空間。ストレス発散してーなー。もうすぐ給料日だけど、こういろいろあるとトサカに来るね。ああ、でも何をやるわけでもない。行きつけのラーメン屋もあまり行き過ぎても飽きるしなぁ・・・。マッサージでも行って来ようかなぁ・・・。
それとも久しぶりに古本屋でも見てみるか。まぁ選択肢を悩んでる間に寝る時間になるってのが相場ですけどね。
日常となっていた時期があった。ただ、淡々と。
今でもそういったものに興味はあるのだが、幸運なことに「死」に対して嫌悪感を抱けるようになった。
人間である以上、そういった感情は大切だと思う。人間であることの当たり前で大事なことは、忘れないように心がけたい。
チャットをやっていると、稀にリストカットしてしまう人と出会う。
いいことではないのだが、そうすると安心するという。
そうせざるを得ないような環境を作り上げた
周りの人間は何をしていたのか。
リストカット自体、自分には理解できない。
ただ、とある首切り動画を見たとき、自分はなぜか
命の大切さを感じた。
簡単にはリストカットでは死ねないらしいのだが、
命の危険がないわけではない。
うさんくさいと思われるかもしれないが、
本当に命は大切にした方がいい。
死んだ先に何があるか?完全なる無しかない。
楽になんてならない。悲しみしか生まない。
そんな行動を取り続ける人たちが
早くその行為を止めて欲しいと祈るのみだ。
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